淡島椿岳と淡島寒月

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 2001年の7月東京都現代美術館で「水辺のモダン-墨田・江東の美術-」を観る。会場内は平日のせいか、閑散としている。
 
 時代を伝えるといえば聞こえはいいが、歴史民族資料的作品が続き辟易していたところ、全く未知の作家の前で足が止まった。奔放で暖かい筆致と色彩、ユーモラスな題材。観ていると何とも微笑ましくなる魅力的な作品。
作家の名前は淡島寒月(かんげつ)。

本名、淡島宝受朗(あわしまほうじゅろう)
   1859年日本橋馬喰町に生まれる。1926年没。

父は、画家、淡島椿岳(ちんがく)
   1823年武蔵川越に生まれる。1889年没。

会場には寒月と並んで椿岳の作品も展示されていた。

 淡島寒月は日本が、西欧文化崇拝に傾いていた時代に、江戸の風物や文化を研究した人であり、当時忘れ去られていた井原西鶴を再発見し現在の評価に高めた功労者でもある。
 また当時、玩具コレクターの第一人者としても知られ、彼の自宅には古今東西の玩具があふれていたという。

 ある時はウクレレを弾きながら踊り、オカリナでスペイン音楽を演奏するなど、自分の世界を飄々と生き抜いた淡島寒月。肩書きとしては「随筆家」「江戸研究家」「古書研究家」「西鶴研究家」「画家」「玩具コレクター」など様々に表現される生粋の「趣味人」であった。


 彼ら親子については、寒月唯一とも言える著書「梵雲庵雑話」(岩波文庫)と山口昌男氏の「『敗者』の精神史」(岩波書店)で伺うことが出来る。

「梵雲庵雑話」は斎藤昌三氏が、寒月の死後編集したものでその7年半後の1933年、書物展望社から刊行された。刊行当時は限定千部の特装本で斉藤氏自らの自慢の装丁だったようだ。その凝りようがまたすごい。
 斉藤氏が収集していた幕末から明治初期の草双紙類(当時の本)の袋を実物のまま本に貼って装丁としたという。従って同じ本は一つとしてないというこだわりよう。当時二円で刊行されたが評判がよかったという。
 
本展覧会でその実物を観ることが出来なかったのは残念。

「『敗者』の精神史」は江戸、明治、大正という社会の価値観が急激に変化していく時代の中で、独自の生き方を貫いた人々を十四章に渡って描いた労作。その中で二章にわたって二人の生き方が描かれている。

 また山口氏は淡島親子の作品にも大変興味を持たれているようで、今回の展覧会にも氏所蔵の作品が出品されていた。

 この展覧会には、最終日にもう一度出かけた。
その時に戸惑ったのは椿岳の作品である。最初は寒月の作品ばかりが目に入ったのだが、今回は椿岳の作品に強く惹かれた。以前何を観ていたのだろうと思うほどで、自分の見識と鑑識眼のなさを嘆くほかない。
 特にその技量もさることながら、彼独特の境地に達した「椿岳漫画」に見られる迷いのない切れるような線の動きが心地よい。
 
 ところで、両著作を読むうちに、親子の大きな違いに気がつく。
寒月も椿岳も多趣味で思い残すようなことのない人生だったのだが、椿岳は野心もあり、様々な面で表現者であったということ。
 それに比すると寒月は童心を生涯失わず、常に珍しいもの興味のあることを知ろうとしており、学者的な面はあるが、純粋な趣味人だということ。
両者の辞世の句を詠むとそれが端的に現れている。
(当エッセイ寒月、椿月の年表に記入)

 現時点では、今展覧会の作品と両著作からしか二人のことを知ることができないが、しばらく二人のことを調べてみたい。
(2001.8.20記)

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