映画の話<1>

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 映画との出会いは父に連れられて行った玉島東映だった。35年も前のこと。

当然ながら当時はテレビのある家が珍しく映画こそ最高で唯一の娯楽。小さな玉島の街にも「玉島東映」「玉映」「玉島センター」と三つの映画館があった。その中で「東映」は家から5分ほどの通町(とおりまち)商店街にありいつも賑わっていた。一階と二階があり、二階は桟敷席と椅子席という風変わりな作りになっていたが不思議に落ち着く映画館だった。父に連れられて覚えている映画は怪談。あまりに怖くて目が開けられず、目をふさいでもらったが、ふと覗いたところお岩さんらしき映像が見えたので心臓が止まりそうになった。
 また、ある時は蚊帳をつった場面で女性が布団に入ったかと思うとなまめかしく足を投げ出したりする不思議な映画を見た。父も父である。子供だからと思って油断してはいけない。インパクトのある場面というのは一生覚えているものである。
 他に長嶋茂雄が出てきたり、やたら歌を歌う時代映画など見たが、こちらはインパクトが弱かったせいか覚えていない。

 ほとんどの映画はこの東映で見たが、一番好きなのは上映中に無人の通路や売店に行くことだった。セリフを遠くに聞きながら用もないのに二階と一階を上り下りしたり、ソファに座って楽しんでいた。
 そんな時自分の席がわからなくなってパニックになった。既に二階だったのか一階だったのかも記憶になく、あちこと探し回ったあげく(映画館の中は暗くみんな前を向いているので子供の視点ではさっぱりわからない)、やっと叔母を見つけたときには泣きべそをかいていた。
 1964年東京オリンピックでカラーテレビが普及し始めていたが、まだかろうじて映画は娯楽の中心であり、その記録映画(市川昆監督)も小学校の映画鑑賞会と称して東映で見た。記録映画として名作の誉れ高い作品だが、残念ながら場面の記憶はない。

 そんな中ゴジラを中心とした怪獣映画ブームがやってくる。初めて見たのは「ゴジラ対キングコング」。これは面白かった。大人になった今ビデオを見ても面白いのだから、当時の映画はレベルが高かったのだろう。
「キングギドラ」「ラドン」「モスラ」「エビラ」など続々と制作されたが、「エビラ」を最後にゴジラ映画は見なくなった。その後の怪獣映画は漫画的で映画自体も見るに耐えない俗悪なレベルになっていた。

 この怪獣映画の中で最も好きだったのは「キングギドラ」である。ヤマタノオロチからキャラクターデザインを考えたというこの三首の怪獣は、その後何度も我が家の裏山から登場し、夢の中で腰をぬかしたものだ。

「サンダ対ガイラ」もよかった。フランケンシュタイン的な兄弟怪獣の対決。最後、闘いながら二人とも海に沈んでいくシーンは悲しかったなあ。

 さて、ここまでは邦画だが、玉島で唯一洋画を上映していたのが「玉島センター」である。しかし、洋画といっても強烈なポスターが多く、小学生の間では「成人映画館」の代名詞としておもしろおかしく話題にすることが多かった。
 そんな6年生のある日、いつの時代にも登場するようなガキ大将で少しませた友人から何故か映画にさそわれ、突然「玉島センター」に行くことになった。初めは何だか後ろめたかったが、徐々に少し大人になるような自慢げな気持ちになった。
 そこで見た初めての外国映画(ディズニーは別として)が「夕陽のガンマン」である。
今では西部劇の名作中の名作だが、当時は今まで観ていた映画とあまりにも雰囲気が違うことに驚き、面白さよりも戸惑いの方が多かったように思う。この映画初体験は内容よりも、「玉島センター」に行ったという事実のほうが強烈だった。
(2001.10.8)

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