.
高木稔展・準備編
back

 3月27日より岡山に帰省。約1年振りである。
実は父親の個展の準備が主たる目的。日時は今年の8月11日から15日の5日間。場所は倉敷市の玉島文化センター。
 父は今年で69歳だが本格的な個展は今回が初めて。
今まで画廊喫茶や団体展での発表はあったとはいえ大きな会場での個展は大変である。油絵を描き初めて約50年。ちょうどいい区切りなので何とかいい展覧会にしたい。

 帰省した翌日は雨がひどかったため外出をせず会場内の作品配置を見当する。父は大小30点を展示する計画を立てていたが、いくら広い会場とはいえ作品数が多過ぎる。しかし、気持ちはわかるので一応その点数でいくことにする。

 午後からは作品写真の撮影。弟に手伝ってもらいながら駐車場に持ち出して行うが大きな作品もかなりあって四苦八苦。普通100号といえば一人で楽々と持ち運べるのだが、中にはとても運べないような重さのものもある。若い頃使っていたキャンバスに何度も何度も描き直した作品。それにしても信じられない重さ。積み重なっているこの絵の具の厚みに年月を感じる。

 2時間ほどかかって全作品を撮影。この中から案内状に使う作品を選び、カタログ用の作品をピックアップする。案内状の作品は100号を3枚連作にした大作。何と幅が5m近くにもなる玉島の風景。今回のメインになる作品だ。

 展覧会のタイトルは「高木稔個展 -画業50周年- 玉島の変遷と郷土を描く」に決定。あとはカタログの割付をすればいいのだが、これがなかなか難しい。
 いろいろなパターンでレイアウトを考えるが、よくよく話を聞いてみると全作品をカタログに掲載したいらしい。パソコンとプリンタにより自作のカタログを制作しようと思っていたので、これにはちょっと面食らった。部数も300部は欲しいとのこと。気持ちはわかるが、これじゃ自作は無理。かといって30点のカラー作品のカタログを発注するととんでもない金額になってしまう。
 「展覧会を観た後、カタログは捨てられるよ。」という母の言葉に説得され、代表作品8点を掲載することに落ち着く。何とか全体の構成を終え、カタログ全作品は部数を少なくして制作することとし、とりあえず12ページの構成にする。しかし、これでも自作できるかどうか。デザイン関係の知人がいるので、カタログ制作について少し相談に乗ってもらおう。

 後は額の問題。現代美術ではめったに額をつけないが、具象的な油絵ではそうはいかない。だからといって新たに額を購入すると展覧会が終われば収納場所にも困る量である。レンタルできる所もないということで取りあえず自作にする。作り方を教えるが、あまり器用ではないので少し心配。夏、少し早めに帰省して手伝うことにする。ただ大作の額は発注して手元に残したいようなので、それはまかせることにするが、仮縁でも6万円は超えるらしい。

 一応全ての作業と打ち合わせは終わり。昨年から進めてきた個展だが、埼玉と岡山では連絡も取りにくく細かいことで手助けできないのがもどかしい。また、自分自身の個展(7月末)のこともあり、ちょっとパニック状態。何とか無事に終了しますように。(2000.4.9記)



高木 稔

1931 岡山県倉敷市玉島に生まれる

1992 倉敷市立長尾小学校 定年退職

【画 歴】
1948   高校時代に横内太郎(宏充)氏に師事。

1952〜60 玉島で結成された「火虹会」に参加・岡山県展出品 -絵画の部-

1968〜98 新世紀美術協会に出品(東京都美術館・岡山文化センター)   

1972   岡山県展出品 -彫塑の部-

1973   新世紀美術協会 準会員推挙
     「石庭」(F80号)上成小学校寄贈

1984   新世紀美術協会 佳作賞受賞

1992   「清流」(F100号)船穂町役場寄贈

1992〜98 個展(画廊喫茶ラループ:長尾)

1995   第3回足摺の海と風景絵画・写真展 黒潮賞受賞

1996   新世紀美術協会 会員推挙

1997   新世紀美術協会 岡山支部副支部長

1998   「街角ふれあい絵画コンクール」(岡山県瀬戸町)佳作賞
     「日本の自然を描く」(上野の森美術館)

1999   個展「全国景勝地油絵展」(玉島郵便局:倉敷市)
     新世紀美術協会退会 無所属として活動
     個展「越後に良寛を訪ねて」(玉島郵便局:倉敷市)

2000   個展「高木稔画業50周年展」(玉島文化センター:倉敷市)

back