高木 稔 展

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2000年8月11日〜15日 倉敷市玉島文化センターにて開催
「画業50周年ー玉島港の変遷と郷土を描くー」


個展会場風景

8月8日(火)晴れ
 1時45分の新幹線に乗り帰省。夕方6時頃岡山駅に到着。
少し早かったので市内にある角画廊に寄ろうと思ったが連絡がとれない。多分お盆休みで帰省中なのかもしれない。

6時14分の新幹線に乗り換えて新倉敷へ。
7時頃実家に着くが、さすがに疲れ、ぼんやりして何もする気になれず。
父親は個展のことで、そわそわして実に落ち着かない様子。ま、そりゃそうだ。68年目にして初めて正式な個展だもの。
明日からは搬入の準備だ。

8月9日(水)晴れ
 午後から展覧会の準備。
看板、作品解説文+タイトル板を制作。
原案や内容はそのままであるが、作品解説文は父が作っていたものを別の冊子にまとめることにして制作。
弟にパソコンとプリンタを持ってきてもらい、なんとか8ページの冊子をとりあえず70部制作。
 次にタイトル板と看板の制作。
忙しい一日だったが、まだ明日の方が大変だろう。
それ以上に父親は、落ち着かないようで端で見ている方が大変。

8月10日(木)晴れ
 いよいよ搬入。
朝早く弟が2トントラックを借りてきて、作品を積み込む。
10時過ぎに玉島文化センターに到着。
さっそく、作品を配置するが壁面に比べ、作品数が多く、5,6点は展示不可能。
父自身の思いはわかるが、鑑賞ということに対しての配慮少しかけていた様子。
会場構成を考え直し、パネルを急遽5カ所追加して何とか収める。
午前中に小・中の作品20点ほど展示し、休憩。
午後から大作の展示だったが、思いのほかスムーズに進む。
いよいよ最後の作品横幅5mにもなる大作の展示。
しかし、重すぎて壁面展示が困難。
なんとか、後ろに紐を4重にわたしていたところ、叔母が陣中見舞い。

会うのは10数年ぶりだが、一目見るなり「俊宏、年取ったね」・・・・・。
おやつとコーヒーをいただき、少し休憩後、展示再開。

最後にタイトル板をそれぞれの作品に張り付けて終了。
思ったより、すっきりとまとまった展示になり、父親も満足そう。

帰宅後、作品解説の冊子を180部刷る。
これだけあれば大丈夫かな。

しかし、自分の個展より数倍気を使うため、ぐったり。
 明日はオープニング。

8月11日(金)晴れ
 
 父親の個展オープニング。
画業50周年記念〜玉島港の変遷と郷土を描く〜
これが、今回の父の個展タイトルである。
今まで画廊喫茶や郵便局で個展はしてきたが、正式な個展は初めて。いろいろな人の協力もいただき、カタログも制作できた。ただ、ここまでくればもう自分の出番ではないので両親と受付の弟嫁におまかせ。
3時過ぎに会場に行ってみると、さすがにみんな疲れた様子。来場者が地元で親しい方が多いため、丁寧に説明をしているらしい。途中、地元のケーブルテレビ(玉島テレビ)の取材もあって帰宅してからそのニュースを見る。
BGMもよく、なかなかよかった。1時間ごとに再放送(?)ということで、ビデオをセットして録画する。
 母も疲れて夕食は近所のスーパーから調達。
あと4日。こんな調子で持つのかな。

 
8月13日(日)晴れ
 個展3日目が終了。
埼玉より、妻と息子が帰省して少しにぎやかになるが、一般の来場者数は少なめ。
やはり時期が悪かったかな?
 両親は既に「5日は長いなあ。3日でいい」と、すっかりお疲れ。
帰宅後、お礼状のことで父親と打ち合わせ。
来ていただいた方の住所とお礼状の内容を打ち込む。
つきあいの長い方が多く、丁寧にしなければならない様子。
自分の個展ではやろうと思っても、いつもできないで失礼しているのだが、
やはり大切なことかもしれない。ちょっと反省。

8月15日(火)晴れ
個展最終日。
お盆のせいか、帰省している息子さんやお孫さんを連れて来る方も多い。終了近くに親戚の叔父が家族(子供とお孫さん)一同引き連れて来館。歩き始めたばかりの子供達によって、しばらく会場は運動会状態となる。
 あっという間に4時になり搬出の準備。高一になった息子も加わって6人の人手がありかなり能率よく進み、結局40分ほどで終了。帰宅して、作品をトラックから降ろして倉庫に収納し、6時前には全て終了。
しかし、文化センターという場所は開館から閉館まで全てを自分たちで全てをやらなければいけないこともあり
家族全員ここでは疲労困憊。夕食では全員で乾杯。
父も本当にここまでできるとは思わなかったようで、感激している様子。
準備から考えると2年がかり。
ビールが何ともいえず美味だった。
 

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