版 画 家 高 原 洋 一

高原洋一展 あかね画廊 2002年1月7日(月)-13日(日)

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 高原洋一氏(1944年生)は大学時代にお世話になった先生です。
主にデザインの授業を担当されていましたが、明確で自らの主張を交えた授業は学生から人気がありました。 
 地方といえば、未だに日展が最高の展覧会だと思っている人がほとんどで、教授や助教授達もそろって団体展の会員などで、人脈によっておさまっていたような状態。
 そんな中にあって東京の美大を卒業し、斬新な大判のシルクスクリーン作品を制作していた若い先生(当時32,3歳の若さ)に私たち学生はあこがれていました。
 
 授業にあまり出席しない学生だった私も先生の授業には必ず出席しました。ちょうど、自分の作品が具象的な表現から抽象的にな部分へと移行しようとした頃、ほとんど話したこともなかった先生に唐突に「作品を見てください」とお願いしたこともありました。

 そんな不作法な私にも丁寧に接していただき、一つ一つの作品(今考えると赤面するような頭でっかちな作品)について暖かく批評していただきました。

 先生の作品は岡山駅近くの「未完成」という喫茶店に展示してあり、新作はそこで観ることができました。(ちなみにこの喫茶店は学生時代に私が下宿していたアパートの大家さんでもありました。)

 大学を卒業し、年賀状や展覧会のDM等でしか連絡をしていませんでしたが、その間に先生はコンクールで受賞を重ねられるようになりました。
 その当時の版画は、カッティングを中心としたシルクスクリーン版画から、写真製版による大作版画へと変化しており、岡山の河原で発見する一瞬の遺跡のような風景にオブジェを置いたシンボリックな作品でした。
 
 その頃、先生は旧態然とした大学に嫌気がさし、既に退職されていた。
 
 そして東京の画廊でも個展が開催されるようになり、89年にシロタ画廊で約10年振りにお会いしました。その後94年(シロタ画廊)、96年(あかね画廊)にお会いしていますが、今回は6年振りにあかね画廊での個展の初日に出かけました。
つい、2,3年前にお会いしたと思っていたが、もう6年もたっていたことに驚き、60に近い年齢になられたということで、さすがに、すっかり白髭がいたに付いた姿にちょっと驚きました。また、昨年脚に大きな怪我をされたのが原因で太ったため、若い知人の方から「ケンタッキーのおじさん」といわれるとか。(確かに・・・)
 
 さてその会場は「高原洋一ワールド」という雰囲気で一杯。河原の風景とオブジェが不思議な世界を作り出していました。
 来廊された方の中には岡山から来ている方、京都から来ている方も含め大変な賑わいで先生も大変元気そう。 
 制作意欲は旺盛で、今年5月に開廊する岡山の広大な画廊(後でわかったのですが、アート・ガーデンという画廊で、何と天井5,6m、壁面60m)ではこけら落としの個展があり、今回の作品と新作で発表される予定だそうです。
 
 1時間半ほどの時間でしたが、何か懐かしいようなほっとする時間を過ごすことができました。
こんな出会いがある度に「表現する」という行為はいいものであり今後も自らもそうありたいと思います。

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